ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi 神父)
2009年1月4日:ご公現祭
福音 マタイ2・1-12
占星術の学者たちが訪れる イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや立法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているかと問い出した。彼らは言った。
「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。「ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決して一番小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。」
そこで、ヘロデは占星術の学者たちを密かに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、遂に幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びに溢れた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として捧げた。ところが、「ヘロデの所へ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。
福音を顧みて
イエスの幼年期について私達まで伝えられた史料はほんの僅かです。イエスの昇天から三十年も経たない内に福音を編纂したマルコがイエスの幼年時代に一つも触れず、荒れ野で誘惑に耐えるイエスの光景からキリストの証しを述べ始めます。おそらくイエスの十字架と復活の出来事の記憶はまだあまりにも近くて、圧倒的に信者の心を捉えていたと思われます。確かに二千年後の私達にとっても、キリストの福音に深い関心を持たせてくれるのは、他ならぬ十字架上に我身を捧げながら、神に向かって全人類の為に許しと救いを願うイエスの姿です。
幼いイエスについて福音書に記されたまれな出来事の中に、東からベツレヘムに拝みに行った占星術の学者の話があります。歴史性と象徴性を統合した、非常に面白い物語です。キリスト教と言えば、誰も先ず聖書という書物を連想します。キリスト教に入会する為にも、聖書研究会に通うことは前提です。しかし、聖書より先にキリストの道を証明してくれるのは、天に輝く星や、地上に生える生物です。大自然の誕生は聖書の冒頭ではありませんか。「初めに、神は天地を創造された・・・神は言われた『光あれ!』こうして光があった」。神の道が文字に銘記される為に、先ず大自然を観想しながら神の道が文字を書く人の心に銘記されなければなりません。書かれる聖書より先に、聖書を書く人の心です。占星術学者は聖書を知りませんでしたが、驚く心をもって大自然を眺めていました。こうして、エルサレムの聖書学者たちが聖書を探っても悟り得なかったキリストの誕生は、占星術学者が静かに天に輝く星を眺める事によって確認出来ました。
「大自然は神の営み」とは、東洋人の宗教心です。私が日本に行ってから三年目の事でした。宮崎市の郊外に牛を飼う信者さんと知り合い、彼に日曜日の説教の指導と校正を頼みました。奄美大島出身で、上智大の出身のこの牛飼いは、知識が広く信仰が深くて、牛が草を食む間に牧場に座って本を読んだりしました。牛乳を自分の手で搾っていたので、彼の洋服は牛飼いだった私の父と同じ匂いをしていて、日本語の新米の私には、馴染みやすい教授でした。苗字は「トナリ」と言い、十年ほど前に天に召されたそうです。主の公現の説教を準備する時、次のヒントを与えてくれた事をいまだに覚えています。「占星術の博士達は東の民族を指しており、東の民族は空の星を眺めることによって救いの実現を知り、星が導くままに救いを求めて歩みます。西洋の代表者とも言えるエブロ人の羊飼達は天使のお告げを聞いて幼子を拝みに出かけましたが、東の博士達は静かな天体に導かれ、長い道則を経て拝みに行きます。天使の声を聞く西洋人は先に着きますが、東の民族は沈黙の長い年月をかけ、長い旅をするでしょうが、辿り着けば貴重な宝を捧げるのです」。
福者ペトロ岐部は穴つりの刑を受けてぶら下がった時、下から高い青空を眺めながら「神の国だ」と叫んで息を引き取られたそうです。
新年おめでとう!
新しい年が恵みの年でありますように!そして皆さんのご家族に健康が賜りますように。
過ぎた2008年の間に頂いた皆さんのご協力などを感謝いたします。新年の道則も一緒に進みましょう。支え合って・・・
2008年のクリスマスを思い出して、一通りの反省を送ります。
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21日のクリスマス・コンサートは素晴らしかった:演奏された曲も歌手の声もまさにクリスマスの実感を漂わせてくれました!出席の200人近くのお客さんも非常に喜んでくださいました。涼子さんと中山家をはじめ、出演者全部の方に有難う。
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19日の黙想会にイタリア人だけ参加!
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24日前夜祭のミサに風邪などで信者の大部分は欠席!少し淋しかったけれども、旅行中の信者さんがオルガンを弾いて下さり、日本人7名、イタリア人50名近く、皆でクリスマス聖歌を練習して立派なコーラスが出来ました。ミサ挙式は厳かでした。しかし、多くの信者が参加出来なかった事は、残念で、来年は25日の昼間のミサを予定すべきじゃないかと反省させられます。
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深い鑑賞を受けたのは、折り紙と盆栽で作ったクリスマスの馬小屋(presepio)でした。25日―28日の間に巡礼に来られた方はおよそ1500名だったと思います。その内に、何十名の日本人も、通りかかって教会に入りました。その内の一人は、4月に修道院に志願者として入会なさる三浦ふみさんでした。ふみさんは修道院に入る前に、Assisiなどの聖地を巡りたく、母上と一緒にミラノに立ち寄られました。ふみさん、おめでとう!
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お正月の期間は多くの方がまだ不在なので、第一日曜日のミサ後の例会は第二日曜日(11日)に致します。
分かち合い

元旦は私は自然との対話から始まりました。明けの明星を数えて黒い空の中に動くウッスラと見える雲を見ながら瞑想に入りました。目を開けても未だ東の空は暗く、その内に黒雲の向こうから、真っ赤な朝日が出て来て朝焼けになりました。
去年日本で選ばれた言葉は“変”でした。今、世界中でChangeを願っています。少しずつ乍らも世界が良い方向へ向って行ける様、皆が願っています。この状況の中で私達がホットする場所、潤う場所はどこでしょう。探し求めている「心」の故郷ですね。又良いお便りがあったらお寄せ下さい。澄玲
今週の福音
4 (日) ル カ 4・14-22
5 (月) ヨハネ 1・29-34
6 (火) マタイ 2・ 1-12
7 (水) ル カ 12・33-44
8 (木) マタイ 25・1-13
9 (金) ヨハネ 3・28-29
10 (土) マタイ 5・31-32
11 (日) マルコ 1・ 7-11
お正月の清々しい気分に相応しいシスター中村ジェンマからのお便り(御受難会)
シスターと修道会の皆さんに新年おめでとう!
いつも週報を送って頂き、ありがとうございます。神父様の福音解説も気がつかなかった見方を教えられ、学ぶことが多いです。そして、分かち合いなどで、そちらのご様子も知り、皆さまと連帯させていただけるのもうれしいです。
少し、自己紹介をさせていただくと、わたしたちは女子御受難修道会といい、大阪の梅田から阪急電車で40分足らずの売布というところに住んでいます。男子御受難会の宝塚黙想の家と売布神社に挟まれたところです。 
男子御受難会を創立した十字架の聖パウロ(1694-1775)は、イエスの御受難の奥義のなかに計り知れない神の愛を悟り、人々にイエスの受難と神の愛を述べ伝える修道会を創立しました。と同時に、男子御受難会員が説教し、黙想指導をしているとき、閉域内に生活し、十字架の傍らに聖母と共に立って、祈り、取りなす女子の会の創立を長い間、望んでいました。長い間の念願が叶って、キリストの御受難に示された神の愛に照らされて生きる女子御受難会が創立されたのは聖人の晩年

