ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi
神父)

2008525日 ・ 聖体の祝日 (年間第七)

ミラノに住んでおられる日本人カトリック信者は皆、聖体の祝日、525日午後7時に (6時半集合)ミラノ.サンタンアンブロジオ(Sant’Ambrogio)教会で立てられる御ミサに招かれています。サンタンアンブロジオ小教区民とミラノに住むカトリック日本人の交流御ミサです。段取りは下をご覧下さい。

福音 ヨハネ 10,16-17

私は、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。た私が与えようとするパンは、世の命のための、私の肉です。」

すると、ユダヤ人たちは、「この人は、どのようにしてその肉を私たちに与えて食べさせることができるのか。」と言って互いに議論し合った。

イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなた方に告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなた方のうちに、命はありません。

私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を持っています。私は終わりの日にその人をよみがえらせます。

私の肉はまことの食物、私の血はまことの飲み物だからです。

私の肉を食べ、私の血を飲む者は、私のうちにとどまり、私も彼のうちにとどまります。

生ける父が私を遣わし、私が父によって生きているように、私を食べる者も、私によって生きるのです。

これは、天から下ってきたパンです。あなた方の先祖が食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」

福音を顧みて

ヘブライ人への手紙の中には、この世に生まれるために天を去られる神の子が御父に向かって仰る別れの挨拶が記してあります。言うまでもなく、神のことを人間的な表現で言い表すことだが、とにかく私たちに神の心をよく諭してくれる聖書のありがたい一節です。

「キリストは世に来られたときに、次のように言われたのです。『あなたは、いけにえや捧げものを望まず、体を備えてくださいました。。。そこで、私は言いました。。。ご覧下さい。私は来ました。。。神よ、御心を行うために』」(10,5-7)。

聖体の祝日の動機は上記の「体を備えてくださいました。。。御心を行うために」というキリストの「願」にあると言えます。キリストは自分の体をもって私たちを導き、清め、癒し、開放し、養い、あがなう「願」を立てて、聖母の胎で人間に成られた神の子です。私たちが肖る救いの秘跡は、他ならぬキリストの体から人間の体に伝わる恵みです。特に、聖体拝領は文字通りそうでしょう。恵みを伝わって頂くだけではなく、私たち一人一人もキリストの体の細胞に成って、キリストの内にて私たちの体も恵みを伝える尊い器に選ばれます。

自分の体をもって皆の救いの願を立てられる主の姿を、最後の晩餐の福音を聴きながら観想致しましょう。「さて時間になって、イエスは食卓に着かれ、使徒たちもイエスといっしょに席に着いた。イエスは言われた。「私は、苦しみを受ける前に、あなた方といっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。あなた方に言いますが、過越が神の国において成就するまでは、私はもはや二度と過越の食事をすることはありません。」そしてイエスは、杯を取り、感謝をささげて後、言われた。「これを取って、互いに分けて飲みなさい。あなた方に言いますが、今から、神の国が来る時までは、私はもはや、ぶどうの実で造った物を飲むことはありません。」それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなた方のために与える、私のからだです。私を覚えてこれを行ないなさい。」食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなた方のために流される私の血による新しい契約です」(ルカ22,15-20)。 イエスは自分の体をパンと飲み物として私たちに渡す前に、先ず皆の過ぎ越し(奴隷の状態から真の自由に移ること)が成就するまでは、自分の過ぎ越しの食事(復活の祝い)を開かれないという「願」をお立てになります。いわば、イエスの復活は皆の復活によってだけ完成される訳です。

一年間の教会の祝日は皆キリストの体を称え、その体と接する私たちの喜び合いを証す機会です。聖母の体にキリストの体が受胎し、馬屋で誕生し、十字架上で死を迎え、三日目によみがえ、昇天するキリストの御体!「過ぎ越しが神の国において成就するまでは」、すなわち今の時、死んで三日目に復活された主の体は何処に、またどのかたちで居られるでしょうか。それはミサのパンと葡萄酒にて、神の国に至る旅の途中にいる私たちを元気付ける「聖体」として甦えられるのです。

「食べなさい。これはあなた方のために渡される私の体である」。

今週の福音

25 ヨハネ 6, 51-58

26 マルコ 9, 14-29

27 マルコ 9, 30-37

28 マルコ 9, 38-40

29 マルコ 9, 41-50

30 マルコ 10, 1-12

31 マルコ 10, 13-16

01 マたい 6, 24-34

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ミラノ教区では、大司教館の諸民族司牧の係りから届いた指示は次:各小教区で移民グループと地元の信者たちが合同でミサに与り、違った文化の交流をすることになりました。日本人カトリック教会は、日本人が去る復活前夜祭で受洗したSant’Ambrogio教会に訪れることになりました。

御ミサの日時:五月25日(日)19(18時半聖堂の正面で集合、用意のため)

隣のカトリック大学の学生は多く参加するミサで、交流の意味が深いと思います。イタリア語と日本語の聖歌を歌ったり、一緒に祈ったりし、主の同じ食卓に預かってから、自発的な交流。

教区の行事として、この誘いはミラノ教区に居る日本人カトリック信者の一人一人に宛てられています。ご都合が付く方は、お友達をお誘い合わせの上、お越しくださいますようお待ちしております

なお、当日、いつもの Santa Maria Annunciata 教会での朝の御ミサはありません。

ルチアーノ神父

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ご結婚おめでとう御座います!今月の3011時、San Gaetano (Via Mac Mahon 92 Milano)教会で麻田牧子さんとMassimoさんが主の前で耐えない愛を誓います。牧子さんは求道者です。お二人の上に主の祝福と聖母の見守りを祈りましょう。おめでとう!

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聖母に捧げられた五月も、いよいよ終わり!次の証しをもって、耐えない聖母の見守りを祈りつつ。。。

聖母月に・・・

ミラノの我が家の近くの教会では、年間を通して毎日夕方ロザリオを唱えていますが、5月になると、教会の外でも、7箇所程晩に集まってロザリオの祈りを唱えます。皆自分の家の近くを選んで行くのですが、人によっては、又向こうでも会いましょうねと約束をして帰ります。私もその内の1人で、どうしてかと言うと、皆と分かち合いをするのが楽しいからです。夏時間に入って晩の9時から、マンションの中庭でします。夫々のマンション内の人達が、テーブルの上にマリア様の像、ローソク、お花を飾ってお年寄りの為には椅子を持って来ます。私はレジオマリエの賛助会員として毎日1環1人で唱えます。「主よ、私達の行うすべてのことが、あなたへの純粋な愛のためであります様に」。でも私は皆と一緒にするのが楽しいので必ず行きます。我が家の周りには、歩いて行ける教会が4軒程あって、毎朝の他、土、日にかけて5回、御ミサがあるので、1年間会わない人もいる位ですが、このロザリオで1年振りに出会う人もいます。そして5月31日には敷地の広いマンションへ行ってローソク行列をしながらロザリオを唱えて「天のきさき」を歌って、最後にルルドのマリア様の前で、御ミサに与ります。後は持ち寄りのティーパーティーです。又毎年バスツアーで聖地に巡礼をしますが、2000年には、ある土曜日の朝、教会の近くにある道端のマリア様の御像の前で、待ち合わせをして、ミラノ郊外にあるキアラヴァッレ僧院迄巡礼をしました。田舎道の良い空気を吸いながら、ロザリオを唱え僧院迄歩いて御ミサに与りました。トラピスト修道院が、厳律シトー会は観想修道会としてとどまり、ここは一般にも開放して、結婚式も行われます。売店には、本、ロザリオ、御絵等の他に、自家製クッキー、ケーキ、ジャム、リキュール、薬草石鹸、新鮮な卵等以外に、自然飼育された鶏も丸毎売っています。今でもグレゴリアン聖歌が修道士達によって歌われています。                    古谷野玲子

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日本の西田さんから原爆の追想の続きが届いたので、回送いたします。長崎のカテドラルの正面に原爆で顔が傷つけられた聖母マリアの像が安置されているが、そのお顔の悲しい優しさは、心に染みるものです。以下の文章も五月の聖母に捧げて。。。

カトリック・ミラノ日本人教会の皆様へ (6

あたりの人声に気づき防空壕を出ると、そこは全くの別世界でした。大火傷のため皮膚がめくれ垂れ下がり、男女の区別さえつかぬ人々の群れが続き、生死さえ判らぬ我が子を抱きかかえ、必死に助けを求める母親の姿、全身血まみれで泣きわめく人、うめき声を上げてあてもなく山の方へ向かって歩いている人で一杯でした。まさに仏画に見る地獄絵そのものでした。私は工場と家のことが心配になり、彼らの間を縫って工場の方へと戻りました。途中の、昨日までは水泳さえ出来るほど綺麗だった浦上川の川原では、火傷による喉の渇きのため水を求め、そこで力尽き、頭を水中に突っ込んだままの姿で死んでいる大勢の人の姿が見られました。まさにこの世の地獄でした。あの巨大な工場はみるも無惨に破壊し尽くされ、以前の面影は全くありませんでした。周囲の民家も殆どが焼失し、焼失を免れた家も完全に倒壊し、中から助けを叫ぶ人の声が聞かれました。幾人かの人たちが助けようと努力しましたが、負傷しておる私たちには力及ばず、ただ声を掛けるだけで、空しく立ち去るしか出来ませんでした。あの人達のうめき声が今でも心に残っています。家へ向かう道は瓦礫のため通行不能でした。遠く東南方向の我が家の方からは、炎ともくもくとあがる真っ黒な煙が望めるだけでした。

家に帰るのを諦め、救援列車が来るとの知らせで近くの道之尾駅迄歩きました。痛みをこらえ杖に頼り、時には這いながらの歩みはとても辛いものでした。とても喉が渇きましたが、途中会った警防団の人に「水を飲んだら死ぬぞ」と聞かされていたので、水を見つけても、ただうがいだけで渇きを押えました。駅に近くなるにつれあちこちからの避難者が増えて来ました。駅のホームは避難する負傷者で一杯でした。やって来た救援列車はすべて満員で、数回後の列車にやっと乗れたものの座席は満員で、乗車したものの、やっと通路に隙間を見つけて横になりました。もう疲れ果てて動くことさえ出来ませんでした。そこから諫早市の海軍病院への収容予定も満員のため、少し先の大村市の海軍病院にやっと収容されました。諫早駅で下車したとき地元の婦人会の人から戴いたおにぎりと漬け物の美味しさは、朝から何も口にしていなかったことと、当時白米が食べられなかっただけに、今でもその時のおにぎりの美味しさが忘れられません。病院ではまだ原爆についての適当な治療法はなく、傷の消毒やヨードチンキの塗布など簡単な手当だけでした。毎朝早く、収容された患者の中から多くの人が屍体となって運び出されていきました。次は自分の番ではといつもびくびくの毎日でした。

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