ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi
神父)

20081130日:ミラノ聖アンブロージョ典礼・待降節第三主日

福音 ヨハネ5・33-39

イエスについての証し あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。わたしは、人間による証しは受けない。しかし、あなたたちが救われるために、これらのことを言っておく。ヨハネは、燃えて輝くともし火であった。あなたたちは、しばらくの間その光のもとで、喜びを楽しもうとした。しかし、わたしにはヨハネの証しにまさる証しがある。父がわたしに成し遂げるようにおあたえになった業、つまり、わたしが行っている業そのものが、父がわたしをお遣わしになったことを証している。また、わたしをお遣わしになった父が、わたしについて証しをしてくださる。あなたたちは、まだ父のお声を聞いたこともなければ、お姿を見たこともない。また、あなたたちは、自分のうちに父のお言葉をとどめていない。父がお遣わしになったものを、あなたたちは信じないからである。あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。

福音を顧みて

二つの証し 「神の国は聖霊によって与る正義と平和と喜び」(ローマの信徒への手紙14・17)です。正義と平和と喜びの実現に向かう事は、言うまでもなく待降節の旅です。この旅の道則を進めて行くのには、二つの証しが要求されます。第一は下からの証しで、もう一つは上からのものです。丁度、大自然の営みには地と天の貢献が必要な様に、信仰の営みにも人間からと神からの働きの範囲があって、信仰の実は神の恵みと人間の努力を編み合わせた美しい錦です。

今日の福音において人間からの役を代表するのは洗者ヨハネです。「彼は真理について証しをした。」と書いてありますが、ここで言われる「証し」とは真理を解説する「啓示」、すなわち一定の明瞭な答えではなく、却って疑問の路地に沿ってまだ目に見えない真理を模索することです。ヨハネは、模索しながら荒れ野に退いて修業を行い続けました。そのうち、魂も体も清まって、真理の到来を身近に感じ始め、荒れ野を去り、ヨルダン川の中に降りて、上から来る恵みによる洗礼を受かりました。それこそ神から与えられる「まさる証し」ですが、その前に人間が「模索して真理を求める」下からの「証し」を遂げていなければ、上からの「証し」を受け容れることもあり得ません。結局、目が開かれないと、天からの明かりも受け容けいられず、闇に閉じこもって残ります。

イエスはヨハネを模範として指し、「燃えて輝くともし火であった」と仰いました。けれども、彼の所に参ったユダヤ人たちを褒めるどころか、今日の福音の厳しいお言葉を当てられました。理由は、彼らがヨハネの教えに満足して、神からの「まさる証し」を求めようとはせず、イエスが述べる福音に耳を向けようともしませんでした。真理の証しは本物であれば、更に「まさる証し」、更にまさる真理を求める心を起します。真理は無限の旅です。度々、まさる真理に向かう心を消すのは、他ならぬ人が属する宗教です。そうです。もし宗教が「真理への道」の代わりに真理そのものだと考えてしまえば、ヨハネに通ったユダヤ人たちのように「しばらくの間その光のもとで、喜びを楽しもうとした」、しかし、イエスを通して啓示される「ヨハネの証しにまさる証し」を受け容れる事は出来ません。

過ぎた年の待降節に得た恵みには更にまさる恵みがあると痛感しなければ、いわば今までの恵みで満足していれば、新しい待降節を迎えても、あくびばかりでしょうね。信仰の道から離れる信者がいますが、おそらくその理由は、信仰に楽な生活を保証してくれる請求をかけたからでしょう。かけても与えられなかったので、無益な信仰を捨ててしまう訳です。満足感と楽な生活を生む信仰は偽で、度々熱狂主義に変化する事もあります。本物の信仰は、真理の無限たる方向を示してくれる故に、更に疑問をもたらし、更に求める心を培うのです。求め続ける心は祈り続ける心です。「気を落とさずに絶えず祈らなければならない」(ルカ181)という主の命を命がけで実行なさったのは、殉教者です。「まさる証し」に案内してくれる待降節の道行きを進みましょう。私には未だ知られない「自己」の発見に向かって・・・永遠から神の心において守られた私の真の「自己」、そして真の世界を果てしなく求めて・・・

分かち合い

188人殉教者の列福式が終わり、私達カトリック信者は今新たに、新福者達と彼らの信仰を鑑に、サロン的信仰から脱却するべきではないでしょうか。列福式は何の為?色々と勉強してきて、話し合い、分かち合い、私達が1つになる為、全てのカトリック信者が隣人愛を実践し、カトリック人口0,04%の日本に見直させ、宣教に努めるべき時ではないでしょうか。澄玲

今週の福音

30 () ヨハネ 533-39

1 () マタイ1353-58

2 () マタイ151- 9

3 () マタイ1510- 20

4 () マタイ161-12

5 () マタイ1710-13

6 () ヨハネ1011-16

7 () ル カ1928-38

殉教者の跡を追って歩けば、現代の物質的な豊富さに酔い安い私たちの信仰は如何に甘えたものかと反省させられます。信仰の弱い私達は平常の生活にも不平をこぼしたりする反面、信仰の強い殉教者は誰ものろうことなく、明るく死を迎えました。玲子さんの殉教路の紀行を熟読いたしましょう。玲子さんに有難う!(ルチアーノ神父)

殉教に旅して

列福式については24日と25日に新聞の記事が皆様に送られましたので、私は今ここに1巡礼者としてのコメントを書かせて頂きます。1981年に列福運動を開始して以来、四半世紀に及ぶ日本の教会の悲願が実現して、待ちに待った喜びの時が訪れました。教皇様はこの聖パウロ年に日本の教会に花を咲かせる為に、この日をお選び下さいました。大陸を横断し徒歩でローマへ行った不屈の人、188人殉教者の筆頭にあげられている江戸の殉教者ペトロ岐部については週報第27主日で、新潟の殉教者は待降節第一主日で又京都の殉教者については去年の第29主日で御紹介してきました。5人の司祭、修道士以外の183人の殉教者は、武士、町人、主婦、子供、伝道士など老若男女の信徒達、さまざまな生涯を送った人々が含まれています。中には堺で生まれた全盲の琵琶法師ダミアンがいます。目の光を失って貧しく路上で琵琶を弾きながら旅をして山口に着きました。そこでイエス様に出会い洗礼を受け、結婚し、貧しいながらも教会の伝道士となりました。健康、学歴、社会的な地位や身分がなくても、生まれつきの絶大な記憶力と理解力、そして聖霊の注ぎで十分に羊の世話が出来ました。1605年8月19日夜、毛利の役人から湯田迄同行される様に云われて道へ出ました。その途中で馬を止めてこれは湯田への道ではなく、処刑場への道だと分かりました。「私には夜道などありません」視力を失ったダミアンの道は光のみの道だったのでしょう。いつかは過ぎ去る「この世」の苦しみや迫害を不屈の精神で耐え忍ばせたものは、秘跡が与える超自然のきずなの強さでしょう。雲仙のパウロ内堀作衛門は聖体への賛美を死に到る迄口にし続けました。神様の愛の力によって現れたこの殉教の力を、私達は今1度自分の信仰を顧みて、自分は弱くて出来なくても、これをチャンスに、イエス様に見倣い、又自分の信仰とはと新たに考えてみます。私は、この日を迎えるに当たって去年から本を読んで、巡礼に行きました。今回はお友達の紹介で、甲子園教会の2泊3日のグループに入れて頂く事になりました。そして列福を控え、ともに祈る7週間、私達は一緒にお祈りし、黙想し、そこから得た光を分かち合ってきました。

前日の11月23日には長崎の5つの教会でVigiglia前夜祭があり、お祈りが捧げられました。

私達は当日朝早く伊丹から長崎迄行って先ず、早昼を済まして会場の長崎県営球場ビッグNスタジオへ入りました。式は12時から15時40分迄でした。約3万人もの人達が今日の日を待ち焦がれ、熱い気持を抱いて1同に集まりました。ローマ法王ベネディクト16世の代理として、列聖省前長官のジョゼ・サライバ・マルティンス枢機卿が出席し、列福の嘆願、受理、決定、宣言が伊語と日本語で読み上げられ、御ミサに入りました。この日はあいにくと全国で雨というニュース通り、式が始まった時は山の上に、黒雲がおおい被り、雹になるのではないかと思われる程の雨が強く降りましたが、段々と晴れてきて、空には陽も射して来て、終わる頃には小鳥達が大きく高らかに次々にさえずりだして、私は復活祭を思い起しました。

式が終わった後はバスで西坂公園へ行き「日本二十六聖人殉教地」を見学し、その次に西坂の丘で殉教した26聖人に捧げる為に建てられた教会で正式には「二十六聖人殉教聖堂・フランス寺」と呼ばれる日本最古の木造作りの大浦天主堂を見学しました。

その後、バスで雲仙温泉に到着し、旅館に着いてバスから降りた途端に硫黄の良い匂いが漂ってきました。又部屋からは温泉地獄の煙が濛々と立ち込めているのが見えました。夕食後、私達はカラオケで次から次へと皆が良い気分で歌っている時に、お隣の部屋の五島教会の巡礼団の1人のリーゼント刈りの若い男の人が、ビールの入ったコップを持って入って来ました。五島の神父様で、列福式の後、信者達を引率して巡礼に来たそうです。五島では3つの教会で御ミサを挙げていらっしゃるそうです。そしてこのお若い神父様にも歌って頂きました。曲目は加山雄三の曲でした。お風呂の後又グループの人達と廊下で出会い、私はいつの日か神父様と一緒にジックリお祈りが出来たら良いですねと言いました。

翌朝早く出発して、島原半島を南下、バスで行く道々綺麗な紅葉を楽しむ事が出来ました。口之津港からフェリーに乗って天草鬼池港到着後、サンセットラインを南下して、ロマネスク様式の白亜の堂が美しい「大江天主堂」へ着き、丘の上の教会でお祈りをした後、その麓にある「天草ロザリオ館」に行き、色々な展示物を見ました。その後ゴシック様式で海の天主堂と呼ばれる崎津天主堂へ行きました。崎津は小さな港町で、大江と同様に隠れキリシタンの里でした。

その後本渡へ行き昼食を済ませ、後サンタマリア館へ行きました。ここで私の心を打ったのは50体のマリア観音で、静かな美しさを漂わせていました。その後、熊本市内を経由して黒川温泉へ着きました。この2晩目は同室の人達全部がレジオマリエの会員でロザリオの祈りを一緒に唱えました。

最終日は午前中は付近の散策を楽しんで、温泉巡りをしました。昼食後阿蘇山へ行き、ロープウェイで火口西駅へ行って、中岳河口付近を散策し、ガイドさんに火口湖の説明を聞いて下を見ている時は、足がすくむ感じがしました。ロープウェイで阿蘇山西駅に戻り、バスで牧場のレストランへ行って、美味しいジャージー牛乳と自家製のケーキを頂きました。お土産等を買った後、熊本空港から伊丹空港へと晩に到着しました。今回のグループは総勢16名で6人が80歳以上の方達でした。この機会にお知り合いになる事が出来とても楽しく、又充実感に満ちた旅を御一緒する事が出来て、新たに喜びを頂く事が出来ました。古谷野玲子

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