ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi
神父)

200931日-四旬節第一日曜日

福音マタイ41-11

誘惑を受ける さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。「神の子なら、これらの石がパンになるように、命じたらどうだ。」イエスはお答えになった。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。「神の子なら飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある。」イエスは「『あなたの主である神を試してはならない』とも書いてある」と言われた。更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と言った。すると、イエスは言われた。「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。

福音を顧みて

風に春の気配がし始める頃、心身の清めを行う四旬節がやって来ます。今日はその第一日曜日で、ミサ聖祭に拝聴する福音は必ず荒れ野で誘惑に耐えられるイエスの話に決まっています。「イエスは、悪魔から誘惑を受ける為、霊に導かれて荒れ野に行かれた」と書いてある通り、荒れ野での誘惑はイエスの成長の為に聖霊が計画された体験です。普段、誘惑に煩わされるのは弱い人間の事で、強い人なら誘う者が近寄る事が出来ないと思われます。しかし、人類に福音を述べようと決心された強いイエスは、どうして聖霊によって誘惑の荒れ野に導かれたでしょうか。安楽な生活を人生の的に立てがちな私達の主義とは、正反対の聖霊の息吹ですね。

そうです!誘惑と対面するのは弱虫の罪人ではなく、却って強い決心を抱いた聖人です。鈍感な魂に対しては誘惑が吸い付き様も無く、矢を遣える隙もありません。人間が眠れば、誘惑も眠ります。しかし、意志を覚まして一定の使命に命がけと挺身しようとする時こそ、自分の中から妨げる誘惑が起こって来ます。人間には対照的な性質が内在していて、無限の方に迎えようとすれば有限の方が遮り、安心の安らぎを求めようとすれば現実の苦心が邪魔してきます。神の国に我が身を捧げようとするイエスに向かっては、現世の富への誘惑がそそのかして来ました。福音書に「誘惑する者」を言う原語は「ディアボロス」で、すなわち「分裂をもたらす者」という意味の名です。ディアボロスはイエスの働きを邪魔しようとして、イエスの決意に分裂を起そうとしましたが、イエスの決心は強まるだけでした。

宇宙の空間を渡る光線は目に見えないが、不透明な物に当たれば、美しい多様の色合いを映してくる様に、有限を知らない無限なるものは救いをもたらしてくれません。同様、現実の辛さを知らない理想は、いくら尊くても、人間の心を慰める優しさを欠けているでしょう。ここに、キリスト教の独特な教えが示され、独特な恵みが与えられます。すなわち、世を救うのは絶対者である神ではなく、有限性を浴びて女性の胎にて受肉された「神・人両性の出会い」であるキリストです。それで、私達は「キリスト者」です。

誘惑を体験することによって神はキリストと成られました。絶対の神の目には、罪を知らない道徳が善の極致であれば、キリストの心には罪人同士の赦し合いが最聖です。「ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスも同様に、これらのものを備えられました・・・イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大司祭と成って、民の罪を償う為に、すべての点で兄弟達と同じように成らねばならなかったのです。(ヘブライ人への手紙214-17)。毎日誘惑に見舞われるこの私から、荒れ野で誘惑に耐えられた主イエスに感謝!

分かち合い

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カーニヴァルは日本語では謝肉祭と訳されていますが、Carnevale(肉を断つ)という意味で、復活祭(イースター)の40日前から始まる四旬節の期間中は、キリストの断食を偲んで、肉食を断つ習慣があります。カーニヴァルは四旬節の前にお肉等ご馳走を一杯食べて、楽しく遊ぼうという為の行事です。ミラノでは四旬節は第一主日の前日の土曜日がカーニヴァルです。他の場所は灰の水曜日の前日に行われます。ヴェネツィアとかリオのカーニヴァル風景はテレビ等で日本でもご覧になっていらっしゃると思いますが、ミラノでの仮装は、小さい時は可愛い動物のお洋服から始まって女の子はお姫様の洋服になって男の子はピ-ターパンとか怪傑ゾロとかナイトの服装に進んで、中学頃からは大人も全部自分で工夫を凝らした格好をして、皆ドゥオーモ広場を歩きます。町でもChiacchiere(お喋りという意味)というカリッとしたクッキーが出てきたり、家でも作ったりします。娘がまだ小さい頃、私は教会の集まりには鯛焼きがカーニヴァルらしいと思って作って持って行きました。私が留学した頃は若い女の子達は餡子は甘ったるくて嫌だとか言っていましたが、この頃はお寿司ブームで日本びいきで、どら焼きを持って行くと皆美味しい々といって食べています。澄玲

今週の毎日の福音

1(日)マタイ 41 – 11

2(月)マタイ 51 – 12

3(火)マタイ 513 – 16

4(水)マタイ 517 – 19

5(木)マタイ 520 – 23

6(金)マタイ 524 – 26

7(土)マタイ 121 – 8

8(日)ヨハネ 54 – 42

サンティアゴ巡礼の道

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200755日、結婚式をイタリア人Massimiliano(通称MAX)とイタリアのモデナで挙げた。新婚旅行は私からの願いで、世界遺産にも登録されているスペインサンティアゴ コンポステーラへの巡礼。1250kmの四国巡礼で散々MAXから、サンティアゴ巡礼の良さを聞かされていたので、ここは試してみないとね!というわけで即決したのでした。

サンティアゴ巡礼の始まりは、地の果てとされていたガリシアで、西暦813年、キリスト十二使徒の一人聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の墓が隠者パイオによって発見された。伝説によると、聖ヤコブはスペイン北部で伝道をした後、パレスチナで打ち首にあい、命を落とした。石の船に安置された彼の遺体は二人の弟子とともにガリシアの海岸に流れ着いた後、ウヤ川をさかのぼってパドロンの町に着き、その後様々な変遷を経て遺体はリブレドン山に埋葬され、隠者が輝く星に導かれ、墓の所在をつきとめた。という伝説がこの地をキリスト教の聖地のひとつになった由来だそう。

私たちが選んだのは、一番巡礼者が多く通るフランスルート。フランスのサンジャンを出発し、ピレネー山脈を越えてスペインにナバーラ州に入り、リオハ、ブルゴス、パレンシア、レオン、そしてガリシア州のサンティアゴに到着するという800km弱のコース。友人のイタリア人カップルも一緒に行くことになり、ルルドに立ち寄った私たちと、528日小雨の降るサンジャンで落ち合った。サンティアゴの巡礼では、各巡礼者宿で捺印をもらうための巡礼者手帳が不可欠。発行を待って、巡礼者宿に入る。今回の巡礼では四国での反省を生かし、なるべく荷物は軽く、無駄のないように最低限の持ち物。

四国巡礼とサンティアゴの大きな違いは、巡礼者の年齢が10代から70代まで年齢の幅が違うこと、いろいろな国籍の人がいること。イタリア人をはじめヨーロッパ各国の人、日本、中国、韓国などのアジア勢も少数ではあるが出会った事。その昔は精神的、文化的、歴史的に大きな意味合いがあった。というのもこれだけの人種と触れ合うことができるのを見てもうなずける。四国同様、宗教色が強いのかと思っていたが、まったく違った。四国では御朱印と呼ばれるスタンプはすべてお寺でいただくが、ここでは巡礼者宿なので、教会にまったく立ち寄らないままのことがしばしばある。それどころか、防犯のため扉が硬く閉ざされた教会や、鉄格子がはまっていてミサがあるとき以外は中に入れない様になっていたり、日曜のミサも寒村で、司祭が一ヶ月に2回しか来ないため今週はなしなどなど。もちろんサンティアゴに到着するまでの過程が大事なわけであるが、これは残念に感じた。

今回は巡礼の精神といえばよいのか、それが初めから分かっていたし、自分たちの歩くスピードコントロールなどなどが分かっていたので、本当に楽しく巡礼をすることができた。今この世の中、いつでも携帯や、メールでつながる。それは良い意味もあるが、がんじがらめになっていることもあると思う。それを巡礼の間すべて断ち切って、隣に歩いている人が、社会的地位が高い低いも関係なく同じ巡礼者として歩いている。四国の巡礼では、なぜ巡礼をはじめたのかと聞くことはタブーだが、サンティアゴでは良くそんな質問が飛び交う。そんなところで欧米的だな。と今さら感じたり。たくさんの巡礼者と言葉を交わし、歩いている中で濃密な人とのつながりを感じた。疲れてくると、人と話すのすら億劫になるが、それでは何も始まらない。疲れたときこそ、人と交わり、話をしなくてはいけないのではないかと感じたのがこの巡礼だった。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの町に到着すると、カテドラルの近くの巡礼事務所で巡礼手帳を見せる。出発地点からのスタンプと、日付を確認し、巡礼証明書を発行してくれ、翌日正午カテドラルの大聖堂で締めくくりの巡礼者の為のミサ。前日のお昼過ぎからその日の午前中に到着した巡礼者の国籍と、出発した場所が読み上げられる。「ウナデ ハッポン、トレス デ イターリア」たどり着いた満足感と、もう終わってしまうのかという寂しさとが混じって感動ひとしおだった。

余談ではあるが、一緒に行ったイタリア人の友人2人はこの巡礼を機会に結婚を決めたようである。巡礼の良さは一緒に歩くと相手の良い面も悪い面も隅から隅まで分かること。結婚を考えているカップルにはぜひお勧めした。

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