ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi 神父)

1202008年-年間第二日曜日 

福音 ヨハネ 1,29・34

そのとき、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。{私の後から一人の人が来られる。その方は私に勝る。私よりも先におられたからである}と私が言ったのは、この方のことである。私はこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、私は、水で洗礼を授けに来た。」そしてヨハネは証しした。「私は、霊が鳩のように天から降って、この方の上に留まるのを見た。私はこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるために私をお遣わしになった方が、「霊が降って、ある人に留まることを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である」。と私に言われた。私はそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」

福音を顧みて

主の洗礼の日曜日についで、主の紹介の日曜日がやってきます。イエスを紹介する人は、洗礼者ヨハネです。イエスをまだ知らなかったが、聖霊に照らされたヨハネが「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。」と叫びました。これこそ、イエスを公に指す最初の紹介です。昇天の直前に遺言としてイエスが弟子たちに残されたお言葉を見ると、世の終わりまで罪の許しを施し続け、人類に{聖霊による正義・喜び・平和}の神の国を開く使命を告げる言葉です。

「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。」羊飼いの作業に基づいて生活を営んでいた当時のユダヤ人たちには{子羊}のイメージが何と馴染み深いものだったでしょう。羊の群れといえば、ほとんど乳を絞る雌の羊によってなっていて、それにわずかな数匹の牡が加わっていました。結局、生まれただけの牡を生かせば、大きくなったとき互いに群れの優勢を争うために殺し合うでしょう。それを知っている羊飼いは、まだ若い内に牡の子羊を屠って、その肉で家族を養うのです。かわい子羊を屠る前に、ユダヤ人たちはその頭に手を伸ばす儀式を通して、自分たちの犯した罪を、屠られるべき動物の上に祓ったのです。その上、体に力を付けるためには、屠られた子羊の肉を尊い食べ物として分かち合ったのです。旧約聖書のこの慣わしは、よく十字架上のイエスを指しています。

イエスは人類を支配するためではなく、却って人々の間の憎しみや妬みを取り除き、人々が本来の兄弟的な姿を取り戻すことが出来るように、皆に使える心を持って来られました。現代、人々はそれぞれ自分の思惟を無理にも強調しすぎて、排他的な世の中になっています。場合には、イエスの尊い名前を使ってでも、あるいは神の御旨だと言って、他人を傷つけたりうする淋しい事件が止まない現象です。神の子羊の優しいさを浴びた私たちは、イエスと共に少しでも世の罪を取り除くキリスト者になりましょう。

福音の響き

過ぎた主の公現祭、 ドゥオモにおいて大司教の主催で捧げられた「諸民族のミサ」の共同祈願の時に、求道者あかねさんとご主人が家庭の平和を祈る祈願を立てました。次はその抜粋の一部です。皆さんの御家族の平和を祈りとして。。。

「神よ、この地球に生きるすべての生命がお互いの魂の中にある輝きに気付き、あなたがおつくりになられた空と星が一体となった、あのすばらしい大空のように世界をひとつにしてください。。。。」

あかね

今週の毎日の福音

13 マタイ 3, 13-17

14 マルコ 1, 14-20

15 マルコ 1, 21-28

16 マルコ 1, 29-39

17 マルコ 1, 40-45

18 マルコ 2, 1-12

19 マルコ 2, 13-17

20 ヨハネ 1, 29-34

お知らせ

次の知らせはイタリア語で、お詫びいたします。実は、イタリア語で述べられる講演なので、止むを得ないのです。講演の内容は京都の哲学(西田幾多郎)についてです。ミラノに住んで、イタリア語に通じる方々のためです。講師:Tosolini Tizianoザべりオ宣教会、名古屋の南山大の教師。 添付をご覧ください。

In allegato l’invito alla conferenza in lingua italiana su “Il Nulla assoluto dei filosofi di Kyoto: Nishida Kitaro…”

ほのぼの雑記

ほのぼの雑記のために、一滴の喜びを注ぐ話を待っています。どうぞ。。。

ルチアノ神父

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