Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi 神父)

2008年8月24日 ・ 年間第二十一主日

福音 マタイ 1613-20

イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに、「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言う人も、『エリヤだ』と言う人もいます。ほかに、『エレミヤだ』とか、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」イエスが言われた。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」それから、イエスは、御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。

福音を顧みて

今日の福音は、まだ誰もイエスにキリストの姿を見抜いていなかった頃、「あなたはメシア、生ける神の子」と始めて告白したペテロと、それに答えて主が彼に与えた使命を伝えています。一人の弟子から始めてキリストと認められたイエスは、わが子から「お父さん、お母さん」と初めて呼ばれる全ての親達がその瞬間に感じる弾みをお覚えになったでしょう。初めて信仰を告白したペテロの上に主が教会を建てることを約束なさいました。

主が天の国の鍵をペテロにお預けになる福音は、ペテロの後継者である教皇様の使命を関連する大事な一節ですが、それはそれで、私たちの信仰においても非常に意義深いメッセージを伝えてくれます。それは、イエスと弟子たちとの間に執り行われる問答にあると思います。「あなた方は私を何者だと言うのか」と問われる主に、ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子」と自発的に答えたのです。マタイ全福音書は28章によってなりますが、今日の箇所は16章にあるところから考えると、わずか三年間にしか及ばなかったイエスの宣教活動の半ばごろに起こった出来事だったと分かります。牽いて、弟子たちを従えて歩き回る主が、最初の一年半の間は彼らに自分がキリストであることを告げなかったことになります。そして、やっとペテロが始めてそれを認めるようになったら、「御自分がメシアであることをだれにも話さないように、と弟子たちに命じられた。」と書いてあります。回復の恵みを通して主の光栄を覗き見した人々は、「イエスに万歳!」と叫ぼうとするときに、主が厳しく「誰にも言うな」と命じられました。結局、奇跡を受けてから信じても、それはまだ本物の信仰ではなく、奇跡を受けていない状態に換わっていれば、奇跡に頼る信仰は蒸発してしまう靄(もや)に過ぎません。真の信仰は耕された魂の底から湧き出る「あなたはメシア」ですという叫びにあります。

正しく信仰の道を辿るためには、天から来る徴を待っているだけは足らず、却って何よりも自分の良心から響いて来る声を静かに聞く姿勢が大切です。宗教的な理由のために暴力を使う人たちは、属する宗教の教書を暗記してそれを引用しても、静かになって自分の良心から密かに響く声に心を傾けたことはありません。聖書の預言者を引用せざるを得ない限りは、自分の体験によって分かっていなく、いまだにただ借りている証拠です。

「あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ」。天の父の声を聞くためには、自分の奥まった部屋に入って、戸を閉め(マタイ66)、密かに聞き入るのです。一日の福音宣教の作業が終わって、木の根元に床を敷いて主の横に休もうとするペテロが如何に「このイエスが一体誰だろう」と自問したことでしょう。やっと、「メシア、生ける神の子」ですという声が良心の奥深くから響きました。

黙想の修行を大事にしましょう。

分かち合い

初代ローマ教皇聖ペトロはローマへ宣教しに行き、ネロ帝の迫害下で逆さ十字架にかけられて殉教したとされています。伝承によると、ペトロが迫害の激化したローマから避難しようとアッピア街道を行くと、師のイエスが反対側から歩いて来ました。彼が「主よ、どこへいかれるのですか?(Domine, quo vadis?)」と問うと、イエスは「もう一度十字架にかけられるためにローマへ。」と答えられました。彼はそれを聞いて悟り、殉教を覚悟してローマへ戻ったといわれています。この時のペトロのセリフのラテン語「Quo vadis?(クォ・ヴァディス)」(「どこへ行くのですか」の意)は、1896ポーランドノーベル賞作家ヘンリック・シェンキエヴィチがローマにおけるキリスト教迫害を描いた同名小説を書いて、ハリウッドで同名タイトルで映画化されている事で、このラテン語が一般に知られる様になりましたね。そして昔はローマの郊外であったヴァチカンの丘のペトロの墓と伝えられる場所にその後サン・ピエトロ大聖堂(聖ペトロの大聖堂)が建てられました。 澄玲

今週の福音

24 日 マタイ1613-20

25 月 マタイ2313-22

26 火 マタイ2323-26

27 水 マタイ2327-32

28 木 マタイ2442-51

29 金 マルコ 617-29

30 土 マタイ2514-30

31 日 マタイ1621-27

以下は年末Desio市に開かれる「福音と禅」の家です。現在、建物の掃除・修繕の作業が進むところです。写真の順序:中庭、正面、二階のバルコ二

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