ミラノ日本人カトリック教会
Milano Cappellania Cattolica Giapponese (Luciano Mazzocchi
神父)

2009222日-公現節第七日曜日

福音ルカ189-14

自分は正しい人間だと自惚れて、他人を見下している人人に対しても、イエスは次の例えを話された。二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、私は他の人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、又、この徴税人のような者でもないことを感謝します。私は週に二度断食し、全収入の充分の一を捧げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようと燃せず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人の私を憐れんで下さい。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。誰でも、自分を高める者は低くされ、へりくだる者はたかめられる。」

福音を顧みて

与党に聞けば、野党が悪い!野党に聞けば、与党が悪い事が決まっています。幼稚園でも、園児同士の喧嘩が起これば、どちらも自分が正しくて、相手が悪い事に決まっています。イエスの国にも、自分が必ず正しいと主張するファリサイ派の人々がいて、彼らが自分の正しさを売り捌く為には、偽善を振るって平気でした。「心の貧しい人は幸いです」という言葉をもって福音の宣教を説いたイエスが、どれほどファリサイ派の傲慢さを悲しまれた事でしょう。そうです!人の傲慢さは他人に対する軽視に根付くからです。特に、低い立場にあって、抵抗も出来ない貧しい人々に対しての軽蔑に!

祭壇の前で、神様!私は悪いことを一つもしていません、とあえて自称できる人こそ、神様の目から見れば、最高最善の信者じゃないかと私達には思えます。しかし、イエスから見ては、そうではありません。何故かとイエス様に問えば、きっと自分を高めて他人を貶すことは、神様の心に逆らう事だとお答え下さるでしょう。神様の心は父母の心だからです。

人間の最悪点の一つは、他人の罪の機に乗じて自分自身が自惚れる事です。人の弱点を利用して、自分の立場を強めることを弱肉強食と言っていますが、イエスの表現を借りて言えば、屍を食う禿鷹に、似ている事です。当時のファリサイ派の人々は、自分の正しさを売り捌く為に、よく平民の弱点をだしにしたりし、宗教的な規定を完璧的に守る事によって神様の前でも自分達の優勢を誇っていました。神殿に参ったファリサイ派のある人が「神様、私は他の人の様に・・・犯す者ではなく・・・また、この徴税人の様な者ではない事を感謝します」と祈り、驕っていました。史上、戦前は神様にえこひいきして頂こうと、戦後は敵をつぶし殺した事のお礼を唱える為に、教会やお宮やお寺に参拝する事がたびたびあった様に。

せめて神様の前では、仮面を脱いで裸になりましょう。お風呂に入る時の様に、肌に清い湯か水を注いで、洗礼の流れを連想して元の素直さに戻りましょう。仮面無しに生きる事は、如何に快い事かを覚えて、そこから生き方を、改めるのではありませんか。二つの敵軍の大将は、もし対面して一分でもじっと目を見詰め合ったら、おそらくその厳しい目から暖かい涙が溢れてくるに違いありません。そして、戦場で死なせた兵士達を偲んで、徴税人の様に「神様、罪人の私を憐れんで下さい・・・」と謝るに違いありません。

「誰でも、高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」。

分かち合い

先日リヒャルト・シュトラウスのオペラ「サロメ」を見に行きました。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場で演奏された物をそのまま、映画にしたのですが、聖書の中でもこの部分は今の生活では考えられない様な話で、私は一信者として、洗礼者ヨハネの信仰の強さに惹かれますが、オペラとなるとその凄まじい最後と迫真せまる演技に驚嘆するばかりでした。舞台から客席に聞こえてくる音響ではないとしても、その声の響きの強さには圧倒されるばかりでした。R・シュトラウスは18641949ドイツの後期ロマン派の作曲家で、歌手だけでなくオーケストラにとっても相当なリハーサルを積んで音楽性を追及して行きます。その色彩感と劇的な変化、状況、音と音との飛躍も見事に綺麗に歌いこなすドラマチック・ソプラノが、以前は「7つのヴェールの踊り」を バレリーナが代役をしていましたが、今はこれも歌手でやる人が多く、高い要求は人間を進化させるという事を実感させられました。

今週の福音

22 () ルカ189-14

23 (月)マルコ 1213-17

24 () マルコ 1218-27

25 () マルコ 1238-44

26 () マルコ 139-13

27 () マルコ 1328-31

28 () マルコ 31-6

01 () マタイ 41-11

四国お遍路「同行三人」

5日5五月2007年、新設のミラノ日本人カトリック教会で最初の結婚の挙式が行われました。

新婦は求道者堂内・あかね、新郎はイタリア人のForni Massimilianoでした。 一年後に可愛い女の子を恵まれ、受洗名は清(きよ)・マリアと名付けました。清・マリアちゃんと麻里菜(Marina)ちゃんが(当教会で第四番目の結婚式の美香里とPaolo夫婦の長女)が、日曜日のミサのコラスで天使達の役を見事に務めてくださいます。有難う!以下文はフィアンセーあかねとMassimilianono紀行からの一ページです。(ルチアーノ神父)

max2

20041月のある日、知り合ったばかりの夫、MASSIMILIANO通称MAX)とミラノの町を歩いているとき、なぜだか、巡礼の話になった。彼はサンティアゴの巡礼を2年前にしており、日本にも巡礼ってあるのか?と聞かれたことがそもそものきっかけ。私自身四国遍路は、白装束を着て四国を廻る巡礼で、それはお遍路さんと呼ばれており、年寄りがやるものだというイメージ。無知もいいところ。それが帰ってインターネットで調べてみてびっくり!なんと1200kmとも1300kmともいわれている。四国一周、真言宗派八十八箇寺、平安時代に始まり、江戸時代から盛んになった、弘法大師ゆかりの地を歩く道中修行とも言われる巡礼だったのである。MAXはやる気満々!

半信半疑のまま日本へ帰国。それから図書館で四国遍路の本を読み漁り、安心どころか不安が大きく膨らんだまま、4月下旬私たちは第一霊場霊山寺で買い揃えた真新しい白衣を着てバックバックを背負い、菅笠、金剛杖を持って出発したのである。

敬虔な仏教徒どころか、MAXはカトリック教徒、私は初詣の神社と、たまの墓参りにお寺といった具合。こんな二人が白衣を着て、巡礼なんかしていいのか?!と言う思いはずっとあった。その思いを通夜堂(お寺の境内や、近隣に畳などが敷いてあり、仮眠ができるところ)を貸していただいた、番外霊場の東洋大師の住職さんにお伺いしたところ。「どんな宗教の方であれ、無宗教の方であれ巡礼をしてはいけないということはないのです。私も仏教徒の坊主ですが、イエスの教えは大好きで、聖書もよく読みますから。」と言ってくださり、なんだかふっ切れた気持ちになった。

巡礼中一番辛かった事は何か、疲れである。とは言っても体の疲れではない、精神的な疲れ。まだ巡礼者ではなく、ゴールを目指しているマラソンランナーのようにその日に決めた目的地へひたすら足を進める状態だった、前半の約2週間が本当にきつかった。元来負けず嫌い、持ち前の体力で、がんがん歩いた。誰かと話すのに立ち止まったり、景色を見るのに長いこと座り込むのが時間を無駄にしているような気がして、許せないのである。夕闇が迫れば道に迷いやすくなるし、この先待ち受けている道は今まで歩いたどの道より険しいのではないかという不安が募ってどうしようもない。その上MAXには弱視と言う視覚の障害があり、何かあったらどうしようと言う不安で押しつぶされそうになっていたのである。そんなある日、サングラスが壊れたため、入った雑貨屋で、ちょっとした彼の不注意から狭い店内の商品の棚を倒してしまい、そこの店主に「あんたが注意してないからいけないんだ」と思い切りなじられた。こちらも悪かったので、一生懸命謝り、店を出た。こっちがどれだけ神経をすり減らして一緒に歩いてるのもわからないのかと、悔しいは、情けないはでワンワン泣いた。しばらくして「あかねが僕のことについて責任を持とう、と思っているならもう続けられないから巡礼は止めだ。」というのである。言われて見ればその通り。他人の責任まで私のような若輩者が持てるものじゃないんだ。他人の命の責任まで持てるというようなやつがいたら、それは絶対にうそだと思う。重すぎて持てるものじゃない。じゃあ一緒に苦しむこと、楽しむことはできるんだから、同行しようという気になったのである。遍路の菅笠には遍路の真髄とも取れる、詩が書いてある。

迷うが故に三界は城

悟るが故に十方は空

本来東西無く

何処にか南北あらん

同行二人(同行二人)

同行二人の意は金剛杖は弘法大師そのものを表し、この杖と旅することで、弘法大師と旅をすることにもなる。そんな意味。私たちはいつも一緒に歩いていたので、同行三人というところか。

精神的な壁を突破してから、本当に歩くのが楽しかった。一日平均28km、多いときで40km以上、時間にして12時間以上歩く日もあった。どんどん歩くうちに、小さいことが気にならなくなり、巡礼を楽しんでいる自分がいた。たくさんの人と知りあい、いつしかお遍路さんの間で、かなり有名になっているということが判明。外人と歩いている、若いお姉ちゃんと言うので、行く先々で、「あーあんたたちのこと聞いていたよお。」

と言われ、お接待をしていただくことも多かった。お接待とは四国遍路独特の習慣。行く先々でお菓子や果物をいただいたり、場合によってはお金をいただいたり。こういったお接待は断ってはいけないもの。なぜならお接待する人にとってその行為は弱者への施しであるとともに、私は遍路に出られないけれど、代わりにあなたがお参りしてくださいと言う「寄託」でもあるから、差し出されたお布施は弘法大師へのもの。という考えかた。一杯のお茶に励まされたり、会う人、会う人次から次へと巨大夏みかんをお接待、重量軽減のために必死に食べたり、若かりしころイタリア歌曲クラブに入っていたと言うおじさんと合唱大会になったり、ラジオやテレビのインタビューを受けたり書いたらきりがない。ともかく42日間かけて私たちの遍路は終わった。遍路で得たものそれは、無理に見えることでも、何らかの突破口は必ずある。だから前を向いて進もうそんなところだろうか?  堂内あかね

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